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最高裁判所第二小法廷 昭和42年(行ツ)7号 判決

上告人

平塚税務署長

宮崎功

右指定代理人

貞家克己

外七名

被上告人

有限会社

新貴亭

右代表者

山田初子

外三名

右訴訟代理人

増本一彦

外三名

主文

原判決中、上告人が被上告人に対してした昭和三七年五月一日から昭和三八年四月三〇日までの事業年度分法人税額の更正処分及び加算税の賦課決定処分のうち昭和四〇年九月一七日付裁決によつて取り消された部分についての異議申立棄却決定の取消しを求める請求に関する部分を破棄する。

前項記載の破棄部分につき被上告人の控訴を棄却する。

その余の部分に関する上告人の上告を棄却する。

第一項記載の部分に関する控訴費用、上告費用は被上告人の負担とし、第三項記載の部分に関する上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告指定代理人上田明信、同横山茂晴、同山田保明の上告理由第一点について。

所論は、要するに、原判決が、本件各異議申立棄却決定(以下、本件各決定という。)が判決によつて取り消されたとしても、昭和四五年法律第八号による改正前の国税通則法(以下、単に「旧法」という。なお、同改正後の国税通則法を、以下、単に「新法」という。)八〇条一項一号の適用の余地はないとしたのは、法律の解釈を誤つたものである、というのである。

案ずるに、旧法七六条一項、七九条三項、八七条一項(新法七五条一、三項、七七条一、二項、一一五条一項)は、国税に関する法律に基づく税務署長の処分(以下、原処分という。)に対する不服申立方法として異議申立て及び審査請求の手続を設け、原則としてこの二段階の不服手続を経たのちでなければ原処分の取消訴訟を提起することができない旨を定めているが、その趣旨は、国税の賦課に関する処分が大量かつ回帰的なものであり、当初の処分が必ずしも十分な資料と調査に基づいてされえない場合があることにかんがみ、まず、事案を熟知し、事実関係の究明に便利な地位にある原処分庁に対する不服手続によつてこれに再審理の機会を与え、処分を受ける者に簡易かつ迅速な救済を受ける道を開き、その結果なお原処分に不服がある場合に審査裁決庁の裁決を受けさせることとし、一面において審査裁決庁の負担の軽減をはかるとともに、他面において納税者の権利救済につき特別の考慮を払う目的に出たものであり、租税行政の特殊性を考慮し、その合理的対策としてとられた制度であることは明らかである。ところで、異議申立てをした場合に、申立後三月を経過してもこれについての決定がされないときは、異議申立人が別段の申出をした場合を除き、審査請求がされたものとみなす旨を規定している旧法八〇条一項一号も、このような法の趣旨、目的を反映しているのであつて、不服申立人を行政救済手続の遅延による不利益からまもるとともに、他面において行政手続経済の合理化をはかることにその主たる目的があることはいうまでもないが、この場合に異議手続による救済を全く無意味かつ不要とするものではなく、不服申立人がこの手続による救済を求める利益をも重視し、これを権利として尊重する趣旨であることは、前記規定が審査請求とみなす効果の発生を異議申立人の意思にかからしめ、異議決定が遅延したときは、その選択により、異議決定を省略して審査裁決を受けることもでき、また、あくまでまず異議手続による救済を求めることもできることとしていることからも明らかである。そして、国税通則法は、旧法、新法いずれも審査請求によつては異議決定固有の瑕疵を争うことを認めていない(旧法七九条三、五項、七六条五項一号、新法七五条三項、七六条一号)のであるから、右瑕疵を是正するためには、右決定自体の取消訴訟を提起するほかなく、またこのような訴えは、それ自体固有の利益をもつ訴えとして許されるのである。

このようにみてくると、異議申立人が異議決定取消しの判決をえ、その判決により異議決定が遡つて効力を失う結果として、異議申立ての時から三月以内に決定がされていない状態に復帰することがあつても、その場合に、旧法八〇条一項一号により審査手続に移行するものと解するとすれば、異議決定庁がその拘束を受ける取消判決の趣旨を没却させ、異議手続による救済を求める申立人の権利を認めないのと同一の結果に帰着することとなるのであるから、このような解釈は、法の趣旨、目的に反し、採ることができない。すなわち、取消判決の確定が異議申立ての時から既に三月を経過していても直ちに当然に審査手続に移行するものではなく、異議手続は依然として、係属し、異議決定庁は、これに対して改めて適法な審理、決定をすべき拘束を受けるものと解すべきである。

したがつて、被上告人のした各異議申立ては、本件各決定が判決によつて取り消されても、旧法八〇条一項一号の規定により審査請求に移行するものでないとした原審の判断は、結局正当であり、右と異なる見解に立つ論旨は、採用することができない。

同第二点について。

所論は、要するに、十分な理由が附記された裁決により原処分が適法妥当と認められた場合には、法が異議決定に理由の附記を求める趣旨は実質的に充足されたものといいうるとともに、異議決定庁が原処分の取消決定をすることは事実上殆んど期待しえないから、異議決定の取消しを求める訴えの利益は失われるものと解すべきであるのに、本件各決定の取消しを求める訴えの利益を肯認した原判決は、法律の解釈を誤つたものである、というのである。

旧法七五条、行政不服審査法四八条、四一条一項(新法八四条四項、一〇一条一項)が異議決定、審査裁決に理由を附記すべきものとしているのは、異議決定庁、審査裁決庁の判断の慎重、公正を期し、その恣意を抑制するとともに、決定、裁決の理由を明示することによつて不服申立人に原処分に対する不服申立てないしは取消訴訟の提起に関して判断資料を与える趣旨に出たものと解される。したがつて、異議決定、審査裁決の理由附記に不備がある場合には、当該決定、裁決はそれぞれ固有の瑕疵あるものとして違法となり、不服申立人はその決定、裁決の取消しを求めることができるのであるが、異議決定にこのような瑕疵がある場合、のちにされた審査裁決に適法な理由附記があつたからといつて、それは審査裁決庁の原処分に対する判断の理由を明らかにしたのにとどまり、異議決定の右瑕疵がこれによつて当然に治癒されるわけではなく、また、異議決定庁の原処分に対する判断の理由附記によつてその慎重、公正な判断を受ける利益は、このような審査裁決の理由附記によつてみたされるものということはできないのであるから、単なる形式の追完を求める利益を有するにすぎないとして異議決定取消訴訟の利益を否定することは当をえたものということができない。また、原処分を取消し又は変更する裁決は、異議決定庁を拘束するが(旧法七五条、行政不服審査法四三条、新法一〇二条)、原処分を適法と認めて審査請求を棄却する裁決があつても、異議決定庁は独自の審理判断に基づいて自ら原処分を取消し又は変更することを妨げないものと解すべきであつて、その可能性が残されているかぎり、異議申立人は異議決定庁に対し、更に原処分の取消又は変更求める利益を依然として保有しているものといわなければならない。それゆえ、原処分を維持して審査請求を棄却する裁決があり、これに適法な理由附記があつたとしても、これによつて、異議申立人が異議決定における理由附記の不備の瑕疵を主張してその取消しを求める訴えの利益は失われるものではないというべきである。ところで、異議決定を経たのちの原処分に対してされた審査請求につき、原処分の全部又は一部を取り消す旨の裁決がされたときは、遡つてその効力が失われる結果、右原処分を維持した異議申立棄却決定の取消しを求める訴えは、その限度においてその利益が失われるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原審の確定するところによれば、被上告人は、本件各決定後の各原処分(法人税額の更正処分及び加算税の決定処分)につき東京国税局長に対して審査請求をし、同国税局長は、(イ)昭和三五年五月一日から昭和三六年四月三〇日まで及び(ロ)昭和三六年五月一日から昭和三七年四月三〇日までの各事業年度分に関する各原処分に対する審査請求については、それぞれ棄却の裁決を、(ハ)昭和三七年五月一日から昭和三八年四月三〇日までの事業年度分に関する原処分に対する審査請求については、原処分のうち所得金額一七二万五二四六円をこえる部分を取り消し、その余の部分についての審査請求を棄却する裁決をしたというのである。そうすると、右(イ)(ロ)両事業年度分に関する各異議決定及び(ハ)事業年度分に関する異議決定中、右裁決によつて審査請求が棄却された部分の原処分に関する部分については、被上告人がその取消しを求める訴えの利益を有するとした原判決の判断は正当である。しかし、右(ハ)事業年度分に関する異議決定中、前記裁決により取り消された部分の原処分に関する部分については、既にその取消しを求める訴えの利益は失われているのであるから、なおその利益があるとした原判決は法律の解釈を誤つたものといわなければならない。したがつて、原判決中、右部分については原判決を破棄すべく、当該部分につき訴えを却下した第一審判決は結局正当であるので、右部分に関する控訴を棄却し、その余の部分に関する上告人の上告を棄却すべきものである。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、八九条、九六条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(村上朝一 岡原昌男 小川信雄 大塚喜一郎 吉田豊)

上告指定代理人上田明信、同横山茂晴、同山田保明の上告理由

第一点 原判決には国税通則法第八〇条ならびに行政事件訴訟法第三三条の解釈を誤つた違法がある。

原判決は「国税通則法第八〇条第一項第一号の規定は、一たん異議申立について決定がなされ、右決定後の原処分に対し審査請求があり、それについての裁決がなされた場合には、たとえその後に異議申立についての決定が判決によつて取り消されたとしても、もはやその適用の余地はないものとするのが相当である。」と判示した。原判決がこのような判断を示した根拠としているところの一つは、国税通則法八〇条第一項第一号の趣旨が、決定の遅延によつて異議申立人の蒙むることあるべき不利益すなわち、決定の遅延によつて審査請求ならびに原処分の取消訴訟の提起が妨げられることを救済するためにあるところ、異議申立に対する決定の判決による取消前にすでに審査請求がなされておれば、異議申立人としては、決定の遅延により不利益を受けるおそれはなくなつているのだから、決定遅延による不利益救済のために設けられた国税通則法第八〇条第一項第一号の適用はないという点にある。

しかしながら、異議申立に対する決定の遅延によつて異議申立人の蒙むる不利益に対する救済としては、行政不服審査法第二〇条第二号においてすでに救済方法が設けられていて、国税通則法第八〇条第一項第一号は、その特則規定である。すなわち、行政不服審査法では、異議申立て後三箇月を経過しても決定がないときは、異議申立てについての決定がなくても審査請求がなしうることとなるだけで、異議申立て自体は依然存続し、両者が併存することとなるのであるが、国税通則法第八〇条第一項第一号のいわゆる「みなす審査請求」の場合には、異議申立て自体が審査請求に移行し、両者は併存しないことになつているのである。このように、国税通則法で行政不服審査法と異なる制度を設けた趣旨は、次の通りである。元来異議申立てという原処分庁自身による審査制度自体が行政不服審査手続を慎重ならしめるという不服申立人側に利益を与えるという面があるのであるが、その反面手続を複雑ならしめるという不利益な面もあるのである。さらに国税においては、審査請求事案の過多になることを防止するという行政事務処理上の便宜を計る必要性があり、かつ、国税通則法による審査請求については、協議団の議決によるという慎重な手続が設けられていることから、審査請求手続が開始されることによつて異議申立て手続を存続させておく実質的な必要性が失われるので、行政手続経済上の見地から異議申立て手続を省略するということを含ましめたものである。(国税通則法は、かりに異議申立人に若干の不利益が生ずるかもしれない場合においても行政手続経済を考え異議申立人は、それを受忍すべきであるとしているのである。)そうだとすれば、異議申立てについての決定が判決で取消される以前に審査請求がなされ、実体についての裁決がなされている場合には、右「みなす審査請求」が適用されないという原判決の判断は誤りである。異議申立てについての決定の遅延による異議申立人の不利益は生ずる余地がないとするのは物の一面のみをみた誤つたものである。

また、原判決は、「みなす審査請求」になれば行政事件訴訟法が異議申立てに対する決定自体の取消訴訟を認め、また、取消判決に拘束力を認めた行政事件訴訟法第三三条第二項の趣旨が抹殺されるという。しかし、行政事件訴訟法で異議申立てについての決定の取消訴訟を認めたのは、異議決定も行政処分であるから、その固有の瑕疵を理由とする取消訴訟が認められるというだけであつて、裁判所にその取消判決において行政庁に対し行政処分をなすべき旨を命令する権限を与えたものではなく、また、行政事件訴訟法第三三条第二項は、申請を却下しまたは棄却した処分が取消されても、従前の申請は存続し、処分庁としては改めて申請がなされなくても、処分をなすべきであり、再度の処分をなすにあたつては、取消判決の拘束力により、判決の趣旨に従うべきであるという当然のことを定めただけのもので、取消判決に申請に対する処分をなすべき作為義務を課すことを認めたものではない。要するに、行政庁が取消判決後申請に対する処分をなすべき義務を負うのは、申請自体の効力に由来するものであつて、取消判決の直接の効力に基づくものではない。したがつて、この点に関する原判決の見解は、行政事件訴訟法の解釈を誤つたものである。

なお、上告人主張のように異議申立てについての決定が判決で取消されると異議申立てが審査請求に移行すると通常は実体についての判断を受けるわけであるが、すでに同一原処分について実体に対し棄却の裁決がなされておれば、裁決の不可変更力によりさきになされた裁決と矛盾する裁決はなしえないので、この場合は再度の審査請求は棄却を免れないことになる。したがつてすでに棄却の裁決のなされた場合には、決定の取消しによつて異議申立てが審査請求に移行することをもつて、取消を訴求する利益を認める理由とすることはできない。

第二点 原判決には訴の利益に関する法理の解釈を誤つた違法がある。

原判決は、異議申立てのあつた原処分に対する審査請求について棄棄の裁決がなされていても、裁決の附記理由によつて決定の附記理由不備の違法は治癒されず、決定が理由附記の不備により判決で取消されれば、改めて判決の趣旨に従つて理由を附記した決定をなすべきことになるところ、改めて理由を附記した決定をするには原処分の当否について判断せざるをえなくなり、すでになされた棄却の裁決には拘束力がないから、原処分に不当の点があると決定庁が判断すれば原処分を取消す決定をなすことができるので訴の利益があると判断した。

しかしながら、異議申立てについての決定に理由の附記が必要とされるのは、判断を慎重公正ならしめると共に、不服申立て理由に対応する決定庁の見解と根拠を明らかにすることにより、審査請求ないしは原処分取消訴訟の提起について考慮する機会を与えるためと解されるが、異議申立て手続は審査請求手続と共に行政庁による不服審査手続の一環をなすものであつて、審査請求についての裁決は上級行政庁によつて異議申立て手続のみならず、審査請求手続における審理の結果も考慮してなされるものであり、かつ、裁決に充分な理由が附記されることによつて、行政庁による慎重かつ公正な判断がなされたことになると共に、行政庁側の見解も明らかになつて訴訟の提起について考慮する機会も与えられ、結局異議決定に理由を附記する必要は実質的に充足されたものということができる。したがつて、裁決に充分な理由が附記されることにより、理由附記の不備を理由として決定の取消を求める利益は失われるものというのが、物の実質的なみかたである。この点原判決は形式にあやつられたものという外はない。

原判決は、棄却の裁決には拘束力はないから、改めてなす決定で原処分を取消しうるという。この見解には行政不服審査法第四三条では行政事件法における判決の拘束力と異なり、明文上は取消の裁決にのみ拘束力を限定していないことから疑問があるが、この点は別としても、すでに上級行政庁によつて裁決で原処分が適法妥当と認められた以上、原処分庁である決定庁が取消の決定をすることは事実上ほとんど期待されないところであるのみならず、理由附記の不備な決定の取消を求める利益として、取消判決の目的となつた決定の理由を明らかにする以上に実体についての再審理の可能性まで考慮することは、実質的には実体に関する裁決について下級行政庁による再審査を期待するに等しく、行政不服審査制度をいたずらに混乱せしめるだけのことであろう。

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